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写真家 檜山 修 旭川は被写体の宝庫 だから撮りつづける。
 一口でいうと「旭川にほれちゃった」が、旭川を撮り続けるわたしの最大の理由である。

 美人は3日見ると飽きがくる、という。それはあまりにも美しく、まとまり過ぎて、その美しさが逆に物足りなく感じるからなのだろう。飽きるぜいたく。これもまた人間の欲か。

 かりに旭川を美人と位置づけよう。ダイヤモンドダストが舞う凛とした冬。こころやすらぐ新緑の春。天地も爽快に燃える夏。山の草木も錦秋に染まる秋。冬と夏の寒暖差じつに60度。

 大雪山の山々に囲まれる旭川。盆地特有の季節がもたらす自然の摂理。四季をうつろう季節ごとのめりはりは、山や川、農地、花々などを自然発生的に演出し、わたしを魅了する。

 タウン誌や情報誌の出版を通じ、旭川の風景を約19年にわたり見つめ、その魅力をカメラにおさめてきた。この間、旭川以外の風景にカメラ(わたし)が浮気をしなかったのは、その時々に見せる旭川の表情がいつも美人で、わたしを飽きさせなかったからだ。飽きないぜいたく、当分つづきそうである。

 旭川は何も見るところがなく、自慢できる風景はない、ということばをよく耳にする。そんな批判もわたしを発奮させるもとになっている。灯台もと暗しの暗闇を、せめてわたしの写真でほのかな明かりを灯したい。このことを継続することで、いつの日か旭川が全国からまばゆいスポットライトを浴び、さらに旭川が光り輝く美人になることを夢見ている。
〔写真家 檜山 修〕
 
 
 
プロフィール
  檜山 修
檜山 修 OSAMU HIYAMA
1941年3月12日
北海道札幌市出身
旭川の風景にこだわり、めりはりのある旭川の四季を撮り続ける風景写真家。
[ 檜山 修・E-mail hiyama@potato2.hokkai.net ]
 
1975年2月、業界紙記者を経て、札幌市から旭川市へ移住。同年4月、旭川の大手印刷会社に勤務し、約7年間、アートディレクター兼セールスマネージャーとして活躍。当時、進取に富むビジュアルを主体にした各種の企画・印刷を地方自治体や企業などへ提案。「見やすく、読みやすい」をコンセプトにかずかずの企画ものを手掛けた。
   
1982年4月独立。1965年創刊の月刊タウン誌「旭川春秋」の後継者として代表取締役に就任。同誌を廃刊した1999年12月まで通算17年6か月、号数にして210のタウン誌を発行した。
   
 
<写真歴>
カメラを最初に手にしたのは、小学6年のとき。父親が買ってくれた「スタート」という名前のカメラ。以来、時代は流れて業界紙記者になり、カメラ・撮影は仕事の一部になる。印刷会社でも仕事の関係で著名な写真家と出会い、写真の魅力に引き込まれる。独立後は、自社で発行する出版物の表紙やグラビアなどに写真を提供、紙面を飾る。1994年、富良野市在住の写真家渥美顕二氏に師事、本格的な風景撮影に取り組む。
 
 

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